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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和50年(ラ)1号 決定

申立人 中井久雄(仮名)

相手方 中井隆久(仮名) 外一名

主文

原審判を取消す。

本件を富山家庭裁判所礪波支部に差戻す。

理由

一  抗告人は抗告の趣旨として「原審判を取消し更に相当の裁判を求める」旨申立て、抗告の理由として次のとおり述べた。

「原審判は相続財産を相続開始時を基準として評価してその一部を相手方中井隆久に分割するとともに、同人に対し抗告人に金銭の支払いをなすよう命じた。しかしながら相続財産の評価は遺産分割の時点を基準とすべきであるから、この点において原審判は違法である。」

二  よつて検討するに、遺産分割の審判にあたつて遺産を評価することが必要となる場合、その評価の基準時は、遺産分割が相続開始の時にさかのぼつてその効力を生ずるものではあるが、遺産分割の時とするのが相当であることは抗告人主張のとおりである。もつとも審判によつて遺産を分割する場合、分割の時は審判確定の日ということになるが、評価にあたつて審判確定の日を予知し、その日における個々の遺産の評価を予測することは実際上困難であるから、遺産の評価額に相当の変動が生ずる虞のある事情のない限り、現実に評価する時を基準とすべきで、審判の日との間に多少のずれが生ずることはさしつかえないものである。

これを本件についてみると、原審判は、原審判添付別紙相続財産目録(ここにこれを引用する。但し同目録一の(二)ないし(四)は不動産の正確な表示がなされていないがこれを正確に表示すれば別紙〈省略〉のとおりである。)一の(一)の各不動産(一部分割ずみのもの)については昭和四九年三月当時の評価(鑑定人林彦九郎作成の同年三月二八日付物件評価書)、同目録一の(二)ないし(六)の各不動産については昭和四八年四月当時の評価(鑑定人林彦九郎作成の同年四月一〇日付物件評価書)、同目録三の動産については昭和三五年二月当時の評価(鑑定人中島数太郎作成の動産評価報告書)に基づいて昭和四九年一二月二四日になされたものであることは本件記録上明らかである。

ところで当裁判所の調査によれば、同目録一の(一)の(11)ないし(29)、同目録一の(二)ないし(四)の土地を含む付近一帯の土地は土地改良事業施行にかかる地域内にあつて、右各土地のうち同目録一の(三)の土地を除くその余の土地については昭和四九年五月二一日土地改良法に基づく換地処分が行なわれたこと、同目録一の(三)の土地については換地が指定されなかつたことが認められる。従つて同目録一の(三)の土地を除くその余の土地に対する換地はその従前の土地と対比し位置、形状、面積、その他の諸条件を異にする結果、原審判が採用した従前の土地の評価が右換地処分を予定してなされたごとき特段の事情が認められない以上、それと換地に対する原審判時の適正な評価との間には少なからぬ格差が存在する高度の蓋然性があると認められ、また、換地処分の際に清算金の受け払いがなされたことも予想されるところであるから、右のような換地処分のあつたことに配慮しないで、従前の土地に対する昭和四八年四月および昭和四九年三月当時の評価に基づいて分割をなした原審判は失当である。

前記鑑定人林彦九郎作成の物件評価書二通の記載によれば、前記各不動産の評価にあたつては土地改良事業が進行中であつたこと自体は考慮されていたことがうかがわれるが、換地処分後の換地の位置、形状、面積、その他の事情を充分に配慮して評価がなされたものとは認められない。

また、当審における調査嘱託に対する回答によれば、同目録三の動産も個々の物の中には評価額の上昇または下落があつたものと見込まれるものがあることが認められ、本来評価額が低額であり、著しい価格変動の可能性の少ない各動産の特質を考慮しても同目録三の動産につき昭和三五年二月当時の評価額を基準として分割をなした点においても原審判は失当である。

よつて、抗告人の主張は原審判が審判時の遺産の評価を基準として分割を行なわなかつたとの点において理由がある。

さらに相続開始当時存在した遺産であつても遺産分割当時現存しないものは遺産分割の対象とすることができないものであるところ、土地改良事業の結果換地が指定されなかつた同目録一の(三)の土地はもとより換地の指定された同目録一の(二)、(四)の土地も原審判時には現存しなかつたものと解するほかなく、また、当審における調査嘱託に対する回答によれば、同目録三の動産中原審判別紙動産(什器道具類)分割一覧表(これをここに引用する)番号14および21の物件は所在不明であり滅失しあるいは既に処分された可能性が大であり、原審判は現存しないものをも遺産分割の対象とした点でも失当である。

三  よつて、本件即時抗告は理由があるので家事審判規則第一九条一項により原審判を取消して事件を富山家庭裁判所礪波支部へ差戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 西岡悌次 裁判官 富川秀秋 西田美昭)

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